sasanoji電台【台湾ポップス専門】

こちらはsasanoji電台第1廣播、TW-POP専門チャンネルです。

J-POPのMVも、歌詞を入れてみない?

MVに歌詞を入れる?

 

歌詞は入ってる。テロップで。下のほうに。

 

そうじゃなくて、どうせ入れるなら画面の中に活かし込んでみない?…ということ。

 

TW-POP、C-POPでもいいですが、向こうのMVは、ほとんどの場合歌詞がセットになっています(カラオケ用ではなく)。入っていないMVのほうが稀。J-POPのMVだとノンテロップのほうがスタンダード…という感じではないでしょうか。洋楽も然り。僕は昔、MTVなどから録画するとき、ノンテロップのほうをわざわざ選んで録っていたような記憶があります。

TW-POP、C-POPのMVにもただ歌詞を入れただけの味気ないものはたくさんありますが、一方で画面を構成するパーツの一部として、歌詞、即ち『文字(漢字)』をスタイリッシュに活かし込んで視覚に訴えるような、凝った作りの作品も少なくありません。

 

いくつか例を挙げると…

 

上から順に、林宥嘉Yoga Lin『美妙生活』、關楚耀Kelvin Kwan『我這一代人』、徐佳瑩LaLa Hsu『極限』、魏如萱Waa『晚安晚安』です。

林宥嘉のMVではポップな曲調に合わせて歌詞もカラフルにトータルコーディネート。完全にビジュアルの一部となっています。次の關楚耀はそれとは対照的にハードなイメージの曲に合わせて黒を基調とし、そこに岩井俊二監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』でも同様の演出が見られましたが、キーボードで打ち込んだように歌詞が展開されていきます。このMVで面白いのはその下にもキチンと歌詞が入っているところ。つまり画面中の文字は歌詞であると同時に、このMVを構成するパーツでもあるのです。寧ろそちらの比重のほうが大きい。

徐佳瑩の『極限』はなんとなく市川崑や、GAINAXの作品を彷彿とさせる。モノクロ画面に真っ赤な文字が鮮烈に映えます。瞬間的に目から飛び込んでくるのは、もはや歌詞というよりも、その文字が持つイメージそのものです。耳から聞こえた言葉を補完し脳裏に定着させる、そんな役割を果たしているかのようです。

最後の『晚安晚安』は最も歌詞としての原型を保っているMVですが、まるで舞台劇のモノローグを文字にしたか、あるいは『詩』を読んでいるふうな趣き。フォントもそれらしいシックなものを使用しています。このMVでの主役はおそらくこの『歌詞』のほうです。映像はその背景、歌はそれを彩るBGMでしょう。

 

これらC-POPのMVを見ていて気づくのは、なんとなく自分が歌の意味を、雰囲気として捉えられているのではないか、ということ。

僕は中国語はもちろん英語すらまともに理解出来ませんが、C-POPのMVであれば同じ漢字圏ということで、意味は完全にはわからなくとも、文字が持つ視覚的なイメージでニュアンスくらいは感じ取れているような気がします。これが平仮名や片仮名、ましてやハングルがただズラッと並んでいるだけでは、そうはいかなかったでしょう。

 

昨日、徐佳瑩の『拉拉隊』をアニメのエンディングに使ってくれないかなー、と書いた理由の1つにはそれがあります。文字を視覚的に演出し利用することに於いては、アニメーションが最も長けていると思うのです。そして同じ漢字圏であるがゆえに、歌詞が中国語であってもそれほどハンデとはならないメディアなのではないか、と。

 

J-POPではこういった歌詞を視覚的に見せるスタイルのMVはほとんど見かけませんが、最近若いアーティストの作品でいくつかインパクトのあるものが出てきています。

例えばコチラ、2001年結成の4人組ロックバンド・RADWIMPSの『DADA』。

昨年1月リリースの作品ですけど、初めて見た、聴いたときの衝撃はもの凄かったです。歌詞すべてではなく、鍵となる言葉を見せているのみですが、おそらく僕がC-POPのMVを見ているときもこれと同様の、無意識のうちに意味をイメージ出来る鍵となる言葉の選択をしているのかもしれません。とにかくマニフェストだのアジェンダだのワケわからない外国語を使ってごまかしている連中に、コレ見ろよ!日本語のチカラ、スゲーだろ! と、言ってやりたくなるようなMVです。

 

次は、まだ21歳のシンガーソングライター・米津玄師『ゴーゴー幽霊船』。

先月5月16日に1stアルバム『diorama』をリリースしたばかり、米津玄師本人作画によるMVです。でもネットの世界ではVOCALOIDプロデューサー・ハチの名前で知られるアーティスト。とてつもない才能の持ち主です。

このMVではマンガの吹き出しに歌詞が収納されています。この吹き出しというのは不思議なもので、本や新聞にあるような小難しい文章でも、トンガリ付きの丸い枠で囲ってしまえばその瞬間セリフとなり、四角いコマで囲ってしまえばその瞬間に画を構成するパーツとなってしまうというスグレモノです。マンガを読み慣れている僕らにすれば、これが最も効果的、直接的に歌詞をイメージ出来る形なのかもしれません。

 

amazarashi、『ナモナキヒト』。

2007年活動開始。秋田ひろむと豊川真奈美を主要メンバーとする、青森県在住のロックバンドです。この曲は明日6月13日リリースの2ndアルバム『ラブソング』に収録されています。

『ラブソング』も脳髄を揺さぶられるような凄いナンバー、MVでしたが、コレもイイ。歌詞の一部、重要なセンテンスが画面の中に煙のように浮かび上がっては、スッ…と消えていきます。一部分というところがミソ。僕ら聴き手はそれに続く言葉をイメージしながら、ググッと画面に引き込まれ、耳を澄まします。これもMVだからこそ活かせる手法でしょうね。

美しくレタリングされた文字を見ていると、漢字も平仮名も片仮名も、綺麗だなーって思えます。

 

tricot、『夢見がちな少女、舞い上がる、空へ』。

橘いずみ(現・榊いずみ榊英雄夫人)を彷彿とさせる強烈なメッセージ性。

2010年、女性3名(中嶋イッキュウ,キダ・モティフォ,ヒロミ・ヒロヒロ)でスタートし、昨年ドラムのkomaki(♂)が正式加入して4人体制となった。先月5月9日、2nd EP『小学生と宇宙』をリリース。『夢見がちな少女、舞い上がる、空へ』はその中の1曲です。

MVのスタイルとしては、何もなければ演奏者たちをメインに撮ったごくありふれた低予算作品…でしたが、画面イッパイ、奥に手前に迫りくる硬質感タップリの明朝体とスリリングなサウンドが相まって痛いのなんのって。これは歌詞がグサッと突き刺さりますわ~^^;。

 

MVやアニメなどで漢字(日本語)を見せることへの抵抗感が無くなってきたのは、やっぱりGAINAXの『トップをねらえ!』や『新世紀エヴァンゲリオン』あたりで、漢字カッコイイじゃんみたいになってきたのでしょうかね。

 

僕は市川崑ですけどね。漢字のカッコ良さに目覚めたのは^^。

 

こうしてズラッと並べてみると、日本語って本当に綺麗でカッコイイ。

どこぞの国の人たちみたいに自分の国の文字こそ世界で一番優れている、なんてイカレたことを言うつもりはありませんが、もっと誇りを持っていいと思うし、MVなどでも積極的に取り入れて魅せてほしいと、僕は思っています。