sasanoji電台【台湾ポップス専門】

こちらはsasanoji電台第1廣播、TW-POP専門チャンネルです。

台湾客家出身の新人女性シンガーソングライター、黃宇寒。

令和2年2月16日、日曜日。午後0時を回りました。

こんにちは。
人知れずコッソリ不定期放送中、フェイクラジオ・sasanoji電台です。

 

皆さま、客家(はっか)語の歌って聴いたことありますか。

 

この番組では聖代Sundae、曾雅君Asta Tzeng、黃子軒の暗黑白領階級Dark White-collar Wokers、賴予喬がボーカルを務める二本貓UrbanCat春麵樂隊ChuNoodleなど、たま~に台湾客家出身のアーティストを取り上げたりしていますが、日本だとどうでしょう、台湾の音楽に馴染みのある方でも自分で意識して聴こうとしないかぎり、なかなか出会う機会のない歌、言葉かもしれません。

 

客家について簡単にご説明しておきます。

客家は主に中国大陸南部や台湾、東南アジア等に分布・居住する漢民族の末裔(とされる一支族)です。福建人や広東人と同じく、華僑に占める割合が多いことでも知られています。古来、戦乱から逃れるため移動と定住を繰り返し、現地住民との争いが絶えなかったことから、よそ者を意味する『客家』の名で呼ばれました。民族の起源は、中国北部・中原(黄河中流域)を発祥とする中原起源説が有名ですが、言語的には大陸南方で話される広東語や閩南語、上海語に近いそうです。

台湾には明朝末期から清朝初期に掛けて(17~18世紀)、主に広東省東部から渡ってきた客家人が住んでいます。台湾客家は、福建省南部から移民してきた閩南系の福老(ホーロー)人に次ぐ第2のエスニックグループですが、2016年に行政院客家委員會が行なった調査によると、自分は客家人である、または客家の血を引いていると自認する人の数は、台湾人口2,300万人のうち19.3%、453万7千人でした。少ないのですね。しかも日常会話に母語客家語ではなく、公用語である標準中国語(國語,華語)や台湾語(閩南語,ホーロー語)を使う人が増えていて、客家語を流暢に喋れる人は46.8%と半数を割っています。とくに若い世代、若年層の客家語離れが深刻で、家庭内では世代が下がるほど客家語の使用頻度が減少傾向にあります。13歳以下で流暢に喋れるのは13%。13歳から18歳に至っては7.2%しか喋れないという結果が出ていて、民族文化の維持・伝承対策が急務となっています。[*1]

 

今回は、その台湾客家から現れた民族期待の新人女性シンガーソングライター、黃宇寒Huang Yu Hanをご紹介いたしますよ。

 

黃宇寒Han『有時有日』(2020年)

Han2020

 

まずは1曲お聴きいただきましょう。1月17日リリース、黃宇寒(ファンユーハン)客家語アルバム有時有日から、タイトルナンバー有時有日をどうぞ。

 

客家語の歌、軽やかで聴き心地が良いですよね~。途中、インドネシア語も聞こえていたようですけど、なぜ入っているのかは後ほど改めて。

 

さて、このアルバムのプロデューサー、誰だと思います?

なんと、Vast & Hazyの林易祺LNiCHですよ。

先日ご紹介した南西肯恩Neci Kenも易祺のプロデュースでしたが、彼の名前、最近いろいろなところで見掛けます。宇寒と易祺は以前から面識があったようで、彼女は2018年にVast & Hazyの1stアルバム『求救訊號』の1曲目『求救訊號』と10曲目『獨一』にコーラスで参加していました。

ゲストミュージシャンも豪華です。クラリネット奏者の高承胤、十九兩NighteenTaleアコーディオン奏者・張瀚中、ギタリストの劉雲平體熊專科Major in Body Bearのギタリスト・張天偉、三十萬年老虎鉗Mr. Loud Who Chanceのベーシスト・羅皓宇、粉紅噪音Pink Noiseのギタリスト・陳威達、マルチアーティスト・舒國銘東波EastWaveのギタリスト・夏敬淳など、渋~いメンツが集まっています。

全8曲を収録。独立系レーベル・洗耳恭聽all earsからリリースされた、民族期待の若手アーティストの1stアルバムです。

 

では、本日の2曲目いきましょう。癒やし度の高い温暖系のアコースティックナンバー『我們的生活』をどうぞ。歌詞は標準中国語(國語,華語)と客家語のミックスとなっています。[*2]

 

どうですか。
標準中国語から客家語に変わるところ、わかりましたか。

この我們的生活はアルバムのラスト8曲目に収められていますが、そちらは電気楽器を多用したポップなリミックス調の曲にアレンジされています。5曲目に収録されている同曲異詞のオール客家語ナンバー亻厓兜個生活のほうが、このオリジナルの雰囲気に近いですね。

 

黃宇寒は1996年生まれの23歳、桃園龍潭の出身。お父さんは台湾客家人、お母さんはインドネシア華僑です。最初にお聴きいただいた有時有日にはインドネシア語の歌詞が入っていましたが、お母さんの故郷の言葉だったのですね。

宇寒は子供の頃からダンサーになるのが夢で10年間バレエを習っていましたが、怪我で諦めざるを得なくなり、落ち込んでいたとき出会ったのがこの音楽の世界でした。台北の中國文化大學(財務金融學系)に進学後は、大小合わせて40とか50とか、大変な数の歌唱コンテストに出場、多数の賞を獲得しています。2018年には、故郷桃園の客家流行音樂節で歌唱と創作の2部門でチャンピオンに。政治大學主宰の金旋獎では客家語の自作曲給自己(アルバム1曲目に収録)で創作大賞、最佳作曲獎、KKBOX未來風雲之星奬を受賞。淡江大學主宰の金韶獎でも創作部門第3位に入賞するなど、コンテストの常勝選手として注目を集めるようになりました。

 

彼女の名前が広く知られるキッカケとなったのは、2019年に出場したオーディション番組『聲林之王』です。先日ご紹介した許莉潔が第3位、張若凡が第6位に入賞したあの番組ですね。

 

宇寒は1月18日放送の第十四集、最終的に優勝者となる李友廷に挑戦する一騎討ち(PK戦)の対戦相手として登場。惜しくも破れてしまいましたが、審査員を務めていた蕭敬騰、林宥嘉、陳嘉樺、信、羅志祥らを唸らせる素晴しいパフォーマンスを披露して、ここで一気に知名度を上げました。

 

同年5月23日、宇寒はクラウドファンディングサイト・flyingVでアルバム製作資金の公募を開始。2ヶ月後、目標額の30万台湾元をクリアし、今年1月17日、客家語による1stアルバム有時有日をリリース、CDデビューしました。

 

彼女はなぜ公用語である標準中国語や、7割以上の台湾人が喋れる台湾語ではなく、話者が少ない客家語で歌うことを選んだのでしょう。標準中国語、ようやく日本でも認知され始めたマンドポップの“マンド”、マンダリン(Mandarin)のことですけども、俗に北京語、中国大陸では普通話とも言いますが、そちらのほうが圧倒的にマーケットが巨大ですし、歌手として売れることを望むなら標準中国語、あるいは台湾語を選ぶのが妥当な選択でしょう。

実際、台湾客家出身の有名アーティストもけっこういて、例えばS.H.EのEllaやHebe、朱俐靜、韋禮安、外省人とのハーフの王心凌、ベテランだと羅大佑、江美琪、彭佳慧らも客家人です。

でも、宇寒は母語で歌うことを選びました。それはひとえに、若い世代に客家語の歌を聴いてもらいたい、客家語に親しんでもらいたい、客家文化の美しさを継承したいと考えたからです。宇寒は大学に入学したとき、自分と同じ客家出身の同級生が母語である客家語を喋れないことにショックを受けて、それで客家語で歌おうと思ったのだそうです。

 

今回は、台湾客家出身の新人女性シンガーソングライター・黃宇寒Hanをご紹介いたしました。

 

以前、MONO NO AWAREのMV『轟々雷音』を取り上げたときに、中国大陸から伝わった漢字を昔の中国式の発音で読む『音読み』について少し触れたことがあります。

日本語の音読みには、1つの文字に呉音、漢音、唐音など複数の読み方が存在します。それは同じ漢字が異なる時代に何度も入ってきたから、ということなんですけども、言語としては北京語よりも古く、広東語や閩南語、上海語に近いそうです。今回注目した客家語も、北京語では消えてしまった古漢語の特徴をよく残している、日本の漢字音との類似が多い古い言語とのことでした。だからでしょうか、なんとなく耳に馴染みやすかったような気が僕はしたのですけど、皆さまはいかがだったでしょうか。

 

それでは黃宇寒の1stアルバム有時有日から、7曲目に収録の在尋找你的路上,我迷失了を聴きながらこの時間はお別れです。全国的に荒れた空模様、北海道では大雪のおそれとのことですが、皆さま、どうぞ心穏やかな日曜の午後をお過ごしくださいませ。ごきげんよう。sasanoji電台でした。

 

日本では台湾ミュージックシーンの熱さ、深さに浸る間もなく、一気にアジアンミュージックブームが訪れてしまいましたからね~。

 

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本日のオンエア曲

 

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脚注

*1:民族構成比率は、閩南系の福老(ホーロー)人が69%、1,620万1千人で最も多く、次いで客家人の16.2%、381万5千人(血縁、根源を持つ者を合わせると19.3%、453万7千人)。大陸各省市人(外省人)が5.5%、129万6千人。原住民が2.7%、63万5千人。

*2:客家語は本来文字を持たない無文字言語で、同じ意味を表す言葉でも書物や研究者によって使われている漢字が異なるなど表記が定まっていない。そのため台湾ではピンインで表記を統一しようという客家語拼音方案も出されている。