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これはもう… Vast & Hazyという名の壮大なプロジェクトです。

Vast & Hazy『求救訊號』(2018年6月)

Vast_hazy2018

 

こんばんは。
人知れずコッソリ不定期放送中、フェイクラジオ・sasanoji電台です。

今夜は2018年6月7日に待望の1stアルバム求救訊號をリリースした若手男女2人組ユニット、Vast & Hazyをピックアップいたします。

 

まずは1曲、アルバムOPに収録されているタイトルナンバー『求救訊號』(顏靜萱作詞,林易祺作曲)からどうぞ。MVの監督は孫燕姿の『風衣』、『極美』、Crispy脆樂團の『你快樂嗎』などを手掛けている國立台北藝術大學出身の新鋭、邱柏昶@鳥兒映像製作です。

 

なんという…心震わせる歌声でしょう。切なげに揺れる個性的なハスキーボイス、魅惑的なファルセット、クリアで伸びのある高音は力強く、生命力を感じさせる。今の若者たちの心情と共鳴する繊細な歌詞、緻密に融合されたアコースティックとエレクトリック、卓越した技術と才能、激しさ、優しさ、危うさ…、それら全てが複雑な波の重なりとなって胸に押し寄せてきます。

 

Vast & Hazyは女性ボーカル・顏靜萱(咖咖,大咖)と男性ギタリスト・林易祺による男女2人組オルタナティブロックユニットです。結成は2011年。当初はリズムセクションも揃えたアコースティック寄りのバンドスタイルでしたが、2014年の1st EP『Vast&Hazy』リリース後に一旦活動を休止。2016年に2人組ユニットとして再始動しました。翌2017年に2nd EP『次等秘密』をリリース。本作『求救訊號』が初アルバムとなります。

収録されている10曲は全て易祺(主に作曲を担当)と大咖(主に作詞を担当)によるオリジナル。プロデュースは易祺と韓立康の共同で、大咖は企画や文案作成など裏方の仕事も担当しています。発行は陳綺貞、盧廣仲らが所属する独立系レーベル・添翼創越工作室。韓立康、賴聖文、田曉梅Brandyほか台湾音楽界の第一線で活躍するアーティストやエンジニアが多数参加した、これはもうVast & Hazy Projectと呼んだほうが相応しいと思えるほど豪華で壮大なスケールの作品となっています。来年の金曲奬が楽しみな要注目のユニット、必聴の1枚です。

 

大咖と易祺は共に1990年7月生まれ、台北出身。高校は別でしたが、ギター部に在籍していた2人はコンテスト等を通じて知り合い、同じ淡江大學に進学しました。2011年5月、大学3年のときに後輩のドラマー・張育維(白虎)と世新大學吉他社主催の音楽コンテスト・第5屆新弦獎に出場し、ボーカル部門で第1位を獲得。続いて出場した淡江大學の第23屆金韶獎では初オリジナル曲『yet,』で創作、編曲、作詞の3部門で1位となり、意気投合した3人はそのままフォークロックバンド・Vast & Hazyを結成。各大学の校園賽、軒尼詩(Hennessy)提供による海闊天空線上選秀賽、2012年に高雄市が主催した2012南面而歌など、いくつもの音楽コンテストで優秀な成績をおさめて注目を集めました。

 

順に海闊天空線上選秀賽、2012南面而歌、YouTubeチャンネル・樂人Sessionの映像。アコースティックですね^^。6年前、僕はこの樂人Sessionで彼らのことを知って、情報を集めているときに同じく海闊天空線上選秀賽に参加していた謊言留聲機Lie Gramophoneのほうに興味を惹かれてしまって…^^;。

 

2013年末にベースの呂依蒨(小憨)が加入し4人体制となったVast & Hazyは、翌2014年、929樂團の吳志寧の助力を得て初めてのEP作品『Vast&Hazy』をインディーズでリリースします。このEPはインディーズファンだけでなく業界からも高い評価を受け好評を博しました。しかし、大学を卒業してまだ間もない彼らは自分たちの将来について音楽を職業にするかどうかも含め現実的に考えたいと、人気が出始めたこのタイミングで一旦バンド活動を停止し、それぞれの道に進むことを選びます。

易祺は2012年結成のエレクトロホップバンド・林瑪黛Ma-te Linのギタリストも兼務していたので、そちらに注力しながら魏如萱、柯智棠、詹森淮らの作品やライブにギタリスト、編曲等で参加。現場で練磨を重ねました。白虎はプロデュース業に、小憨の話は伝わってきませんが、Vast & Hazyに参加する前は矮腳雞Bantam法式綺思FrenchCheeseで活動していましたし、おそらく今も音楽の近くにいるのではないでしょうか。

一方ボーカルの大咖はその頃どうしていたのかというと、なんと歌から離れ、レコード会社で企画アシスタントの仕事をしていました。業界の裏方です。いくつか見当をつけてCDのスタッフリストを見直してみたところ、ありました、魏如萱の2016年のアルバム『末路狂花』の企劃助理に顏靜萱の名前が…。探せばもっと他にもあったかもしれない。結局この経験は後に自分たちの作品で活かされることになるわけですが、当時本人から直接近況を聞いたという韓立康は、彼女が長く歌っていないことをだいぶ気にかけていたようです。

 

そして活動休止から2年が経った2016年夏、大咖と易祺はVast & Hazyを2人組ユニットとして再始動することを決定。翌2017年1月に2nd EPとなる『次等秘密』をインディーズでリリースしました。

 

2nd EP『次等秘密』収録の3曲は全てMV化されています。順に1曲目『與浪之間』(林易祺作詞,林易祺作曲)、2曲目『歸屬』(顏靜萱作詞,林易祺作曲)、3曲目『食人夢』(顏靜萱作詞,林易祺作曲)。鳥兒映像製作による『與浪之間』のMVは、今年の第29屆金曲獎で最優秀MV部門の候補に選ばれています。

 

活動休止前の彼らを知っている人は、これを聴いて驚いたのではないでしょうか。アコースティック寄りだったかつてのサウンドは、電気楽器が大量投入された重層的でドラマチックなアグレッシブサウンドへと大きく変容。それに合わせて大咖のボーカルもナチュラル系から爆発力を伴ったロック系へとスタイルを変えています。

 

2人の経験値の上昇がもたらした結果であることは明らかでしょう。トップギタリスト・韓立康(Gt)、Hello Nicoの李詠恩(Gt)、阿爆&Brandyの田曉梅(Chor)、粉紅噪音樂團の潘維瀚(Dr,Tamb)、神棍樂團の吳岳霖(Dr)、椰子樂團の賴聖文(Dr)ら、インディーズEPとしては異様とも思えるほど多くの実力者が集まったこの作品は業界内外で大変な話題となり、2017年10月、Vast & Hazyは大物ギタリスト・鍾成虎が代表を務める独立系レーベル・添翼創越工作室TEAM EAR MUSICと契約。同社の若手アーティスト支援プロジェクト『如虎堂計畫』の全面バックアップを受けて、今年6月7日に1stアルバムとなる本作『求救訊號』をリリースしました。

 

アルバム3曲目に収録されているJ-ROCKテイストが濃く出たナンバー『故障』(顏靜萱作詞,林易祺作曲)。ドラムは潘維瀚、ベースは飢餓藝術家の現メンバーで林宥嘉、魏如萱、盧廣仲らのバックも務めている柯遵毓、コーラスとボーカルプロデュースを田曉梅が担当しています。メンバーの激しい演奏に大咖が懸命に応えている感じがして、ちょっとハラハラします^^;。

 

2nd EPよりさらに豪華です。先のメンバーに加え、甜梅號の林昀駿(Syn)、隱分子の劉涵(Vc)、十九兩の張瀚中(Acc)、SENSATIONのDanny Deysher(Tp)、佛跳牆の江尚謙(Dr)、サックス奏者・謝明諺(Sax)、コーラス・黃玠瑋、作詞協力・何欣穗ほか、書き切れないほど多くのアーティストやエンジニア、スタッフが参加しています。サウンドも弦楽、管楽が加わったことで重厚感が増し、より情感深くに訴えてくるようになりました。
多様なスタイルの楽曲に多様な演奏者の組み合わせ、その1つ1つに大咖の個性的なボーカルが見事に呼応していて、最後まで飽きることなく一気に聴かせてくれます。本当にすごい…、若さと才能と可能性に溢れたユニット、作品です。

彼らはまだまだ進化し続けるでしょう。いま僕らが見ているのは、Vast & Hazyという壮大なプロジェクトのほんの始まりなのかもしれません。

 

歌詞についても少し…。

収録されている10曲のうち大咖の作詞は7曲、易祺は3曲です。易祺の歌詞は比較的単純なのですが、大咖の詩の世界は繊細で叙情的で、じつはあまり明るくありません。読んでいるとちょっと不安な気持ちになってきます。

人は誰でも心に傷を負いながら成長します。小さな傷、大きな傷、浅い傷、深い傷、時間が経つにつれ治る傷もあれば、トラウマとなって残る傷もある。見えなくなっていた傷がふとしたキッカケで露わとなったとき、それを克服出来る人もいれば、心の中で救いを求め叫ぶことしか出来ない人もいる。彼女は元来そういった他人の心の中の叫び、悲しみだったり、苦しみだったり、痛み、不安、恐怖といった感情に同調しやすい、感受性が敏感な人なのだそうです。

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。彼らの初めてのオリジナル曲『yet,』が誕生したのは、そのすぐ後です。大咖はテレビのニュースで毎日流される震災の悲惨な映像を見ながら、受け止めきれないくらいたくさんの救いを求める声を聞きました。でも自分には何も出来ない、何も言うことが出来ない、そんな自分自身や身近にいる人の苦しみや痛みの感情が作品の源になっているのかもしれません。だから歌詞の中には救いの道が示されていない、ただ同じ苦しみや痛みを抱える人々の心情と共鳴するのみです。不思議な詩です…。

 

それでは最後にアルバム9曲目に収録されている彼らの初オリジナル曲、『yet,』(リメイク版)を聴きながらお別れです。間奏のストリングスが、まるで魂の安息を祈るレクイエムのようです。
皆さま、おやすみなさい。sasanoji電台でした。

 

大咖は淡江大學日文系卒なので、日本にも進出してくれると嬉しいですね^^。

 

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