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伊雪。

伊雪Eishei『春雨』(2012)

eishei2012

 

生年は未公表、台湾東部花蓮県の出身。台北の独立系レーベル・喜國娛樂Cheer Musicに所属する、憂いのあるボーカルが魅力の実力派女性シンガーです。

本作『春雨』は、伊雪(イーシュエ)[*1]が来月リリースする4枚目のEP作品。発行レーベルはまだ確認出来ませんが、おそらく禾廣娛樂か喜瑪拉雅ではないでしょうか。

伊雪は子供の頃から歌うのが大好きで、学生時代は数多くの歌唱コンテストに出場。逢甲大学在学中には同校が開催したフォークソングコンテストで第1位、及びカラオケコンテストのチャンピオンにも輝いています。それでレコード会社の目に留まり、2008年に台湾語と標準中国語(華語)のバラードを2曲ずつ収録したEP『好友名單』でデビューをしました。現在までに4曲入りEP(台湾語歌を含む)を3枚リリース。オーソドックスといえばオーソドックス、古風といえば古風な雰囲気ですが、提供された楽曲の色にもよるのでしょう。

本作には、昨年喜國娛樂からCDデビューした高雄出身のバンド・子安聖皓ZA-SHのボーカル・聖皓が新たに楽曲提供で参加。その繊細なメロディーに伊雪の泣きのボーカルが見事にマッチしていて、これまで以上に切なさが増して聞こえます。

 

1曲目に収録、聖皓が作詞作曲をした『空轉』。

 

喜國娛樂に所属するアーティストたちの楽曲はiNDIEVOXで試聴することが出来ますが、なぜか伊雪のものはUPされていません。そのかわり彼女がリリースした過去3枚のEP『好友名單』(2008年)、『愛要懂得』(2009年)、『3』(2010年)に収録されている楽曲すべてがMV化されていて、YouTubeで観ることが出来ます。とくに同レーベル所属の女性アーティスト・蔡孟臻Monmon Tsaiが主演した3rd EP『3』のMV4本はストーリー仕立ての連続モノで、秀逸の出来となっています。

 

3rd EP『3』から1曲目に収録、蔣一瑜作詞、周世暉作曲の台語歌『心頭戀歌』。

 

2曲目、阿超Achauの作詞作曲で『愛已成灰』。

 

3曲目、呂莘Connieの作詞作曲で『留我一個人』。

 

4曲目、蔣一瑜作詞、周世暉作曲の『小習慣』。

 

喜國娛樂Cheer Musicは、プロデューサー兼レコーディングエンジニアの周世暉Terry Chouが設立した台北の独立系レーベルです。以前取り上げたMon Monこと蔡孟臻や呂莘、阿超、李韋Alex Lee、子安聖皓など、ライブをメインに活躍する上質のアーティストたちが所属しています。

20数年前、台湾のメジャーレーベル・滾石唱片Rock Records系列のスタジオでレコーディングエンジニアをしていた周世暉は、名プロデューサー・李宗盛Jonathan Leeに認められプロデュースにも携わるようになりました。1991年に林強Lim Giongの1stアルバム『向前走』(1990年)で、陳昇Bobby Chen、李宗盛らと共に第2屆金曲獎の最佳演唱專輯製作人獎を共同受賞し、以降、音楽市場が最盛期にあった90年代から、長年に渡って滾石唱片の契約プロデューサーとして多数のアーティストの作品を手掛けています。

やがて海賊盤や楽曲をネットでダウンロードする時代が到来。レコード業界は衰退し、2006年、滾石唱片も縮小改組となりますが、喜國娛樂の設立もおそらくその頃ではないでしょうか。

今回伊雪について調べていて初めて知ったのですが、愛貝克思avexが2007年に期待の大型新人としてデビューさせた女性シンガーソングライター・Mon Monこと蔡孟臻は、どうやら喜國娛樂が2006年に契約した新人第1号だったようです。

通常、メジャーレーベル(レコード会社)はアーティストとの直接契約はしないそうで、avexが彼女を喜國娛樂に預けたのか、あるいは喜國娛樂所属のアーティストを、さも自社が発掘したようにもったいぶって宣伝をしたのかはわかりませんが、いずれにしてもMon Monの1stアルバム『夢遊記』を製作したのは喜國娛樂、宣伝と発行がavexということのようです。

結局Mon Monは、当初想定した成績を残せなかったことからavexとの契約はこの1作のみで解除されたのだろうと思っていたのですが、ひょっとすると周世暉のほうがメジャーの阿漕な売り出し方に嫌気がさしたのかもしれませんね。以降、喜國娛樂に所属するアーティストの作品は、喜瑪拉雅や禾廣娛樂など販売ルートを持つ独立系レーベルを通じて発行していますし、蔡孟臻は今も変わらず喜國娛樂に所属して積極的にライブ活動を行なっています。作品をリリースしていなかった時期も同僚アーティストのMVに出演したりライブで共演するなど、大切にされていたようですね。なんだかホッとしました。avexを離れて以降、あんまりな感じだったので…。

 

李韋、2009年の作品『取暖』。蔡孟臻が出演しています。

 

台湾は日本の九州サイズの島国ですが、現在700以上のインディーズレーベルがひしめき合っている状況だそうです。レーベルの規模も録音や製作のみの小さな会社から、ライブハウスを運営したり、CDをリリースし一般の販売ルートに乗せる能力を持つ会社など様々です。中にはメジャーとインディーズの立場が逆転しているところもあって、例えば五月天Maydayや梁靜茹Fish Leongが所属する相信音樂B'in Musicは、滾石唱片改組の際に設立された独立系レーベルですが、発行は滾石唱片がするものの、事実上の主導権は相信音樂にあります。また、S.H.Eや林宥嘉Yoga Linらが所属する華研國際音樂HIMも、元は滾石唱片などと同列規模にあったメジャーレーベル・上華唱片What's Musicのボス、呂燕清らが新たに設立した独立系レーベルで、今や北京、シンガポールにも拠点を置く強力なレーベルとなっています。

阿飛西雅Aphasiaのベーシスト・KK(葉宛青)が設立した小白兔唱片WWRは、製作のみならず、CDショップ、海外アーティストの招聘やライブ運営なども行なう現場密着型のインディーズレーベルで、所属する女性シンガーソングライター・鄭宜農Enno Chengの鮮烈なCDデビューは記憶に新しいところ。さらに実力あるアーティストたちは独立して自主制作会社を立ち上げ、レーベルの思惑に縛られない創作活動を行なったりもしていますが、まずは相性の良いレーベルと出会えるかどうか、というのが、台湾では重要のようですね。

この相性は僕ら買う側にも当てはまりそうな気がします。ウチの棚は亞神唱片Asia Muse作品の割合が高めなのですが、相性の良さそうなレーベルのアーティストを選んで聴いてみる、というのも、限られた財布の中身を考えればアリかもしれません。

 

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脚注

*1:ずいぶん前に引退したシンガポール出身の女性シンガー・伊雪莉Shirley Yeeとは別人。