林宥嘉Yoga Lin『大小說家』(2012)
これは6月22日にリリースされた林宥嘉(リンヨウジャ)の4thオリジナルアルバム『大小説家』からの1曲、第二主打『勉強幸福』のMVです。撮影は6月初旬、日本の軽井沢で行なわれました。
以前このブログでロケ地をバーチャル旅行風に紹介しましたよねー。そしたらなんだか、無性に行きたくなってしまって…。で、先月中旬、とうとう実際に行ってしまいました。バイクで。日帰りで。
少し長くなってしまったので『前編』と『後編』に分けました。今回は旧軽井沢銀座周辺を巡る『前編』です。
朝6時半頃に東京・練馬を出発。高速は使いません。ひたすら一般道を走ります。埼玉県・秩父市を抜けて志賀坂峠、塩ノ沢峠を越え、群馬県・下仁田へ。国道254号から県道43号・下仁田軽井沢線でショートカットすれば、もう軽井沢です。
これは途中、県道43号沿いにある『夫婦岩』。絶妙のバランスで鎮座しています。
さて、旧軽井沢に到着しました。
文字で書くとアッという間ですが、出発から5時間くらい経っています^^;。
コチラは上の地図左側、ちょうど人間マークの辺りから三笠通り方向を見たところ。右に進めばレンガ敷きの旧軽井沢銀座通りになります(地図右)。
旧軽銀座通りに入ってスグ、右手にあるのがこの八百屋さん。『勉強幸福』のMV、2'47''頃に登場する『白石青果店』さんです。
真ん中の写真、『請勿動手』(手をふれないで)と書いてあります。
訪れたのは平日でしたが、クルマも人も、けっこう多かったです(小型犬を連れた方がやたら多かったのも印象的)。旧軽銀座通りは車両通行可能ですが、ここはバイクを押しながら、のんびりと歩きました。
真ん中の写真は、白石青果店さんの隣りにあるトリックアートで有名な『旧軽井沢森ノ美術館』。ヨガもロケの合間に訪れたみたいですヨ。右は昭和22年創業、美智子皇后陛下がご結婚の際の調度品に手箱をお求めになられた軽井沢彫のお店『シバザキ』です。
白石青果店さんから約250mほど奥に進むと、右手に雰囲気のあるレトロな木造の建物が現れます。旧軽商店街のシンボル的存在、『軽井沢観光会館』です。トイレ(有料)、インターネットを利用出来る休憩スペース、視聴覚スペースも完備する総合観光案内所です。
旧軽地区は道が狭いうえに、複雑に入り組んでいるため迷子になりやすいです。まずここで各種観光パンフレットやマップ、情報などを入手しておくことをおすすめします。また、移動にはレンタサイクルが便利です。借りられる場所も合わせて聞いておいたほうがよいでしょう。
案内カウンターの女性職員さんにヨガのことを尋ねてみたところ、『あーハイ、リンさん…でしたっけ、いらっしゃってましたねー』くらいの、期待とは裏腹の薄い反応…。あまり詳しくないらしく、別の女性職員さんに内線を繋いでくれました。彼女のお話によると、『勉強幸福』のMV(1'38'')に出てくる白い家は個人の別荘なので見学不可とのこと。それから、OP直後(0'19'')に出てくる特徴的な建物は軽井沢会テニスコート辺りの別荘地にあるということで、コチラは直接行って探すことにしました。
旧軽井沢は台湾から観光で来るお客さんがとても多いそうです。日本人でヨガの話をする人は珍しいのか、最初『台湾の方ですか?』なんて聞かれてしまいました^^;。
あーそうか、それで白石青果店さんでは中国語の注意書きを出していたのですねー。
では再びヨガ・リン巡りに戻ります。
MV、0'36''に出てくるこの場面。自転車を押している林千又(リンチェンヨー)さんの横の扉に『軽井沢…シバザ…』と見えます。僕はGoogleマップなどから、これを観光会館裏手にある『軽井沢彫シバザキ』の工房と推理しました。
軽井沢観光会館横の道は、突き当たりに軽井沢会テニスコートがあるからでしょうね、『テニスコート通り』といいます(上の地図参照)。そのテニスコート通りに入ってみると…、ビンゴでした。
この辺りのお店の方にもヨガのことを聞いてみましたが、知りませんでした…。そんなものなんでしょ~かねぇ、ちょっと寂しくなったよ…。 (´・ω・`)ショボーン
次はOP直後の0'19''、ポツン…と立っている林千又さんが印象的な、このシーンに出てくる建物です。
テニスコート周辺の別荘地にあるということでしたので、その辺をブラブラと歩いてみました。作家・室生犀星の別荘『室生犀星記念館』があるのですね(下のGoogleマップ参照)。そこへ続く『犀星の径』は、ところどころ木漏れ日の射す、舗装をされていない林の中の静かな小径です。
見つけました。
この建物は『犀星の径』の1本南側、テニスコート横の小径『ロストボールレーン』東端にある『軽井沢集会堂』でした(下のGoogleマップ参照)。
軽井沢集会堂は大正11年(1922年)に、アメリカ出身の建築家・William Merrell Vories(昭和16年、日本に帰化)が設計、三越社長・朝吹常吉ら日本人有志の出資で建設された木造2階建ての歴史的建築物です。W.M.Voriesは大正から昭和にかけて数多くの西洋建築設計を手掛けたこの時代を代表する建築家であり、また、塗り薬『メンターム』で有名な『近江兄弟社』の前身、『ヴォーリズ合名会社』の創立者の1人でもあります。
MVとは関係ありませんが、せっかくここまで来たのですから、軽井沢で最も古い教会『ショー記念礼拝堂』にも行ってみました。上のGoogleマップをドラッグして北上すると、『つるや旅館』の先に現れます。
原形が造られたのは明治28年(1895年)。その後、増改築が施され、大正11年(1922年)までに現在の形となったそうです。明治19年(1886年)、カナダ人宣教師・Alexander Croft Shawはたまたま軽井沢を訪れ、それが縁となり、明治21年(1888年)に『つるや』の主人・佐藤忠右衛門の斡旋を受けてこの地に別荘を建てました。避暑地・軽井沢の歴史の始まりです。彼の別荘は現在『ショーハウス記念館』として、礼拝堂の裏に移築されています。
後編に続きます。
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