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民族アイデンティティを具現するアーティスト、Suming。

Suming(舒米恩)『阿米斯 AMIS』(2012)

Suming2012

 

1978年生まれ、中華民国政府認定14原住民族(2012年現在)[*1]のうち最も人口が多いとされる阿美アミ族[*2]の出身。Sumingは民族名です。フルネームだと舒米恩・魯碧(Suming Rupi)。中国語の名前は姜聖民(ジァンションミン)、英語名はJohn Sumingです。

2002年結成の原住民族バンド・圖騰樂團Totemのボーカル兼ギタリストで、2010年5月に1stソロアルバム『Suming』をリリース、ソロデビューしています。翌年の第22屆金曲獎で3部門にノミネートされ、最佳原住民語專輯獎(最優秀原住民語アルバム賞)を受賞。2003年頃から不定期ではありますが、魯凱ルカイ族出身の男性シンガーソングライター・陳世川(チェンシーチュアン)とのユニット・艾可菊斯Echo G.S.でも活動をしています。ギターのほか、ピアノやリコーダー、アコーディオンなど多彩な楽器を弾きこなし、俳優、民族舞踊家、伝統工芸師としても活躍する、日本の台流ファンからの評価も高いマルチアーティストです。

6月30日、Sumingは2ndソロアルバム『阿米斯 AMIS』をリリースしました。2010年のソロデビュー作以来2年ぶりとなる作品です。

 

2ndソロアルバム『阿米斯』から、『漫步城市』。


 

このアルバムで描かれているのは、現代に生きる阿美族の若者たちの姿です。

『漫步城市』のMVでもよくわかりますが、阿美族の伝統的な歌の最大の特徴は、歌詞自体がとくに意味を持っておらず、その場での即興や伝統的な旋律の繰り返しで構成された曲が多いことです。そんな阿美族の音楽も、最近では西洋に影響を受けた部分も増えてきました。Sumingは今の阿美族の音楽を世界中の若い世代に聴いてもらいたいとの思いを込めて、伝統的な民族のリズムをベースに、テクノ、ラテン、ブリティッシュロック、ストリングスなど様々な音楽スタイルを融合させ、現代感覚溢れるエスニックテイストに仕上げています。全11曲、阿美族の言語による歌がほとんどですが、標準中国語と日本語の歌もそれぞれ1曲ずつ入っています。8曲目に収録されている日文歌『Solo』は、台湾在住のフリーライター青木由香さんが作詞を担当しました。彼女はJFNJapan FM Network)系列で放送中の台湾ポップス専門番組『楽楽(ララ)台湾』のパーソナリティーとしてもお馴染みですね。

民族のアイデンティティを損なうことなく今の時代を取り入れた、故郷や家族への憧憬が溢れるSumingの最新作です。

 

1978年、台湾南東部・台東県に生まれた舒米恩・魯碧(Suming Rupi)は、教会に通ううち音楽や楽器に親しむようになりました。初めて歌を創作したのは17歳のとき。阿美族の言葉で詞を書くようになったのは20歳のときだそうです。Sumingは職業軍人になることを望んでいたお父さんの意に逆らって、音楽の道に進んだのでした。

2002年3月、Sumingは兵役中に知り合った排灣パイワン族出身の阿新Axinらと共に原住民族バンド・圖騰樂團Totem[*3]を結成。直後にはもう墾丁春天吶喊音樂祭に出場していました。台北のライブハウスを中心に独自の音楽スタイルで人気を集め、2005年の第六屆貢寮國際海洋音樂祭では海洋大賞を獲得[*4]。これまでに『我在那邊唱』(2006年)と『放羊的孩子』(2009年)2枚のアルバムをリリース。いずれも金曲獎【最佳樂團】部門の候補となり、1stアルバム『我在那邊唱』は中華音樂人交流協會による年度十大專輯、シングル『巴奈十九』は年度十大單曲にも選ばれています。2009年、彼らのライフスタイルに迫ったドキュメンタリー映画『TOTEM song for home』が日本各地で公開され、話題を呼びました。

 

 

映画『TOTEM song for home』は、3年間に渡って彼らを追い続けたノンフィクション作品です。監督は2007年公開の映画『星影のワルツ』で世界から高い評価を受けた日本人写真家・若木信吾さん。若木さんは雑誌の取材で台湾を訪れたとき、彼ら5人と出会いました。故郷と都会との距離感をテーマとしていた若木さんは、台北で暮らしながら故郷への想いを歌うSumingたちの姿に共感を覚え、原住民族の文化に惹き込まれていったそうです。日本で公開された際にはSumingもプロモーションで来日し、映画ともども話題となりました。翌年彼がリリースした1stソロアルバム『Suming』の歌詞カードには日本語訳が添えてあるのですが、キッカケはこの出会いにあったのですね。[*5]

 

2曲目に収録、『約翰淑敏 John Suming』。

 

Sumingはバンド活動をする傍ら、俳優・姜聖民(ジァンションミン)としても活躍しています。2007年公開の短編映像作品『跳格子』(監督:姜秀瓊)[*6]に出演した彼は、台湾のアカデミー賞・第45屆金馬獎の最優秀新人部門に日本人女優・田中千絵(『海角七號』)らと共にノミネートされ、なんと彼女たちを抑えて新人賞を受賞しました。Sumingはこの受賞で、ようやくお父さんに許してもらえたのだとか。

その後もバンド活動と俳優活動を両立させながら、2010年には1stソロアルバム『Suming』をリリース。こちらも中華音樂人交流協會による年度十大專輯に選ばれ、また2011年第22屆金曲獎に於いては最佳原住民語專輯獎、最佳專輯製作人獎、最佳原住民語歌手獎の3部門にノミネート、見事最佳原住民語專輯獎を受賞しています。

 

3曲目に収録、このアルバム唯一の中文歌『別在都蘭的土地上輕易的說著你愛我』。人気女優・隋棠Sonia Suiと共演したMVが印象的なラテンナンバーです。

 

阿美族の音楽は、今を生きる原住民族の音楽だとSumingは言います。『伝統』とは、『原始的』、『発達しない』という意味ではないと。彼の音楽には情熱が満ち満ちている一方で、カミソリのような鋭さ、クールさも感じられます。しっかりとした民族のアイデンティティが基盤にあるからこそ、Sumingはその変化を冷静に見つめることが出来ているのかもしれません。

新作リリース後の7月、Sumingは沖縄で開催された大規模ロックフェスティバル・Peaceful Love Rock Festivalの2日目に台湾代表として出演。9月はミュージカル、10月には東京でのライブも予定されています。映画『夢十七』の公開も控えています。[*7]

2012 Suming、止まりません。

 

Sumingについては昨年の金曲獎のあとピックアップするつもりで少し調べたのですが、結局まとめることが出来ませんでした。原住民族語を操るアーティストを意識して聴いたのは初めてでしたし、原住民族の歴史や文化、音楽についても、ほとんど知らなかったのです。

どの記事だったか、以前このブログの中で、日本人にとって馴染みの薄いジャンル・TW-POPを、独特の風味と匂いで知られる台湾の名物『臭豆腐』に例えて書いたことがあります。僕は食べたことがないのですが、慣れるとやみつきになるそうですね^^。台湾国際放送の日本人アナウンサー・上野さんによると、初心者は煮たのよりも揚げたタイプのほうが食べやすいとか。その話になぞらえて、日本でTW-POPを紹介するときも、まずはクセのない聴きやすい曲、今ヒットしている曲、入手しやすいメジャーなものから勧めたほうがよいのではないかと、たしかそんな感じのことを書いたと思います。

1年前の僕は、煮たヤツを食えるほどTW-POPには馴染めていなかった。僕にとってSumingはちょっとハードルが高いアーティストでした。

でも最近は、揚げたのから勧めたほうがいいと自分で書いておきながら、けっこう煮たのも食っちゃってる気がします^^;。

まあ、相変わらずお客さんは少ないままですし、構わないでしょう^^。

やみつきになってきた証しとして、今回はSumingをピックアップです。

 

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Suming 舒米恩個人網站 - Website

 

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脚注

*1:『原住民』という言葉は、日本では差別的な意味合いを含むとして『先住民』と言い換えられています。ですが、台湾で『先住民』という言葉が意味するのは、『以前住んでいた民族』、『現在は存在しない民族』のことで、現実とは異なります。台湾では福建人が移民して来る17世紀以前から居住していた先住民族の呼称として『台湾原住民』を公式に使用しています。現在(2012年)までに14の民族が政府認定され、最近も魏徳聖監督の映画『賽德克・巴萊』で知られる賽德克セデック族が2008年4月に認定されたばかりです。賽德克族はそれまで泰雅タイヤル族の支族とみなされていましたが、近年の研究で独自の文化を持っていることがわかり、新たに政府認定されました。このブログでは台湾の意向を尊重し、『原住民』、『原住民族』を使っています。

*2:阿美族出身のアーティストは、Suming以外にもたくさんいます。張震嶽、呂建中、A-Lin、今年の金曲獎で三冠受賞者となった以莉・高露も阿美族の出身。蕭敬騰と羅志祥はハーフです。他の部族も挙げておくと、戴愛玲、MATZKAは排灣パイワン族の出身、胡德夫は卑南プユマ族とのハーフです。泰雅タイヤル族出身者で最も有名なのは、なんといっても徐若瑄(ビビアン・スー)でしょうか。張心傑、溫嵐、今年新作をリリースしています金曲獎受賞者・依拜維吉、それから神木與瞳Y2Jの頼銘偉もたしか泰雅族の出身だったと思います。金曲獎といえば今年ノミネートされていた北原山貓の吳廷宏もそうですね。梁文音は魯凱ルカイ族とのハーフ、周渝民はクォーターです。ちなみに悪名高い高金素梅も、泰雅族の出身でしたか…。王宏恩は、布農ブヌン族出身。卑南プユマ族出身者は大物揃いです。張惠妹、陳建年、紀曉君、昊恩&家家ら金曲獎受賞者に、北原山貓の陳明仁、神木與瞳Y2Jの黃美珍らがいます。

*3:Totemのドラマー・阿勝Ashengは、台式雷鬼(レゲエ)バンド・MATZKAのドラマーでもあります。

*4:Totemは2004年公開のドキュメンタリー映画『海洋熱』(監督:陳龍男)にも出演をしています。この作品については張懸(のところで触れたことがありますね。当時、彼女がボーカルを務めていたバンド・芒果跑樂團Mango Runsも出演したドキュメンタリーです。

*5:映画『TOTEM song for home』の台湾文化監修と通訳は、現地在住の日本人フリーラーター・青木由香さんが担当しました。若木監督、青木さんらとの交流は現在も続いていて、ときどき一緒にトークイベントを行なっています。また、ニューアルバム8曲目の『Solo』は青木さんの作詞、5曲目の『Shingo』は、朋友・若木信吾監督をリスペクトしたナンバーです。

*6:映画『TOTEM song for home』と『跳格子』は、偶然でしょうか、どちらも昨年DVD化されています。『トーテム song for home』は日本版ですのでAmazonで購入可能、『跳格子』は台湾版です。

*7:Sumingは日本での活動も視野に入れています。1stアルバムの歌詞カードに日本語訳を添えたのも、将来日本でも発売したいと思ってのことでした。日本でのライブの予定は、10月6日が東京青山『月見ル君想フ』。10月7日が東京吉祥寺『キチム』、こちらはトークライブですね。10月8日に『月見ル君想フ』で行なわれる台湾イベントにも出演の予定とのことです。